2014.4.13~ みんなに支えられながら、今日も元気にこいでます!
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19日目!
今日は朝から雨が降っていて憂鬱…(-o-;
相部屋となった旅人さんが去り、ゆっくり6時に起床。

荷物を再整理して、一眼レフのバッグ、
レンズやフィルターを実家に送ることにした。
これで少しはペースが上がればいいのだが。

今日は40キロ先の室蘭に
ジュース・アイスクリーム食べ放題(ここが重要)
のネットカフェがあるので、そこを目指すことに。
室蘭は結構都会な上に、「チキウ岬」という
水平線が丸く見えるスポットがあるらしい。
(岬は登り降りがきついけど…)

時間にまだ余裕があるし、午前中は有珠山をみようかな…
そんなことを考えながら、7時にはすべての準備が整う。


出発前にご主人さんとお話をしようとロビーに行くと、
思わぬ方向に話が進み、「教育」について熱く語って頂くことになる。

『「教育」は「共育」なんじゃないかい。』

という言葉には、教員として頑張っている同級生の姿を
遠くながらも感じていた私にとって、共感する言葉であった。
チェックアウト時間が迫ってきたものの、なんだかこのままこの旅館を去り
次の土地へ進むのは惜しい、という気持ちになり、連泊を決意。

今日は1日ゆっくり有珠山を見てまわることにした。


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洞爺湖のビジターセンター。
宮古で訪れたビジターセンターが思い出される。
宮古では「津波」がテーマであったが、
洞爺湖では「火山」が中心のようである。

恥ずかしながら、洞爺湖と有珠山の関係、
2000年の有珠山の噴火のことを殆ど知らぬままここに来ていた。
全ての展示をじっくり読んでから、有珠山の一部、
金毘羅山と西山を徒歩で登り始める。

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金毘羅山の登り口の入口に、案内人が立っていた。
雨が降った後だから、西山へ続く道が危ないことを教えてくれた。
また、2000年の有珠山噴火当時の体験談、噴火の様子を詳しくお話してくださった。
かなり大規模な避難となり、荷物を取りに行くにも警察や自衛隊の同行が必要だったという。
緊急時は1日1日何が変わるかを予測し、何をするべきかを見極めて動くことが大切だと感じた。

時間を作るために一度セイコーマートまで戻り、
カップ麺を食べてから再び挑むことに。戻ってきた頃には道はすっかり乾いていた。


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ジオパークは自然と生活の関わりを、ありのまま保存した場所のようである。

噴火に伴う泥流のすさまじさ。
信じられないことが現実に起こってしまう。
それだけ、自然の力は計り知れない力がある。

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橋が流されるとは…。

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泥流に飲み込まれた団地。
1階、2階に住んでいた方たちは一たまりもなかっただろう。
その上の階に住んでいる方たちも、噴火による噴石の勢いで、
窓ガラスが割れたり、天井がボコボコになったそうである。
噴石については最後に改めて紹介しよう。



金比羅山から西山へ。

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有くん火口!
とてもきれいなエメラルドグリーン。
何故この色なのかは、説明書きを見るのを失念…。
有珠山の有をとって有くん火口だそうです。
珠ちゃん火口もあり、復興のシンボルらしい!


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地面が隆起した結果、道路に沼ができた場所。
慌てて乗り捨てられた車も水没してるらしい。


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火山口付近。
至る所から煙が噴出す。


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幼稚園を襲った噴石。
ここが一番衝撃を受けたかもしれない。

ビジターセンターで軽石を持ち上げ、

(軽石って名前の通りに凄く軽いんだな。
 これが降ってきたときはどれだけの力があるのだろう。)

と、ぼんやり考えていたが、
2000年の有珠山噴火の際は成層期の固い溶岩が飛んできたため、
相当の威力だったようである。

少し大きめの噴石を持ち上げようとしたら、重くて微動だにしなかった。
こんなものが空から降ってくる…その恐ろしさ。

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※誰が並べたのか、小さい岩が花壇の上に並べられていた(^ー^)


宮城ではいつか必ず2度目の宮城沖地震が来る、
と言われ、地震が起こる度にそうした報道もされてきた。
市民の防災意識は高かったように思う。
それでも東日本大震災は、私たちの想像を遥かに超えるものだった。

恐らくここに住んでいた人たちも
まさか有珠山がこれほどまでの力で自分たちの居住区を襲うとは、
思ってもいなかったのではないだろうか。
それでも、2000年の有珠山噴火の際に一人も犠牲者を出さなかったのは、
本当に素晴らしいことだと思う。

正直、このような火山と生活の関わりは
仙台に暮らしている限りでは、ほとんど考えなかったことだろう。
その土地土地にあった自然との付き合い方がある。
自分の知らない部分を、自分の足で歩いて学ぶ。
時には1日自転車を降りることも重要だ。

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そして、緑は戻ってくる。



今日はゆっくり英気を養うことができた。
明日からまた再スタート。
半年という期間にすぐ囚われてしまうが、
無理をせず進んでいこう。

今日も暖かい温泉とお布団、幸せです。
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【2014/05/02 00:45】 | 北海道
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元気
何か、考えさせられました!
色んな所で、災害が起きていて…
自分の目で見ないと、大変な思いをした人達に近ずくことはなかなか出来ないのかもしれませんね!
災害は、コワイです…>_<…

元気さん!
なお
自分から離れた場所で起こる出来事は、
深く考えないでしまうことが
多いのかもしれません(>_<)
現地の人のお話を聞くことは、
とても勉強になりました。
いざという時に行動できるよう、
備えることが大切ですね。



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コメント
この記事へのコメント
何か、考えさせられました!
色んな所で、災害が起きていて…
自分の目で見ないと、大変な思いをした人達に近ずくことはなかなか出来ないのかもしれませんね!
災害は、コワイです…>_<…
2014/05/02(Fri) 07:51 | URL  | 元気 #-[ 編集]
元気さん!
自分から離れた場所で起こる出来事は、
深く考えないでしまうことが
多いのかもしれません(>_<)
現地の人のお話を聞くことは、
とても勉強になりました。
いざという時に行動できるよう、
備えることが大切ですね。

2014/05/02(Fri) 08:37 | URL  | なお #-[ 編集]
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